宇宙こぼれ話

虎野 第6回 宇宙の「宙」は、時間か空間か?

宇宙の「宙」は、時間か空間か?

 「宙」と書いて「そら」と読ませる文章やポスターをよく見かけます。

 元々、「宇宙」という言葉は、紀元前2世紀(前漢時代)頃の百科事典、「淮南子(えなんじ) 巻十一 斉俗訓」の中に出てきます。「往古来今謂之宙、四方上下謂之宇」と書かれおり、読み下すと「往古来今これ宙という、四方上下これ宇という」となります。「往古」とは過ぎ去った昔のことで、「来今」とは、これから来る今、つまり、現在を含む未来ということで時間を意味します。また、「四方上下」とは、前後左右上下の全方向のことで空間を意味します。

 従って、この「淮南子」に準じれば、「宙」を「そら」と呼ばせるのではなく、「宇」を「そら」と呼ばせるべきでしょう。

 このことを宇宙航空研究開発機構(JAXA)へ問い合わせたところ、次のような主旨の回答が来ました。

  • ・「宇宙」という熟語の成り立ちについて、漢の時代の書物「淮南子」で、宇と宙のそれぞれが空間と時間を示すとされているのは了解している。

  • ・しかし、日本語としての「宇宙」という言葉について実際の使われ方を見ていくと、時間の感覚はあまりなく、単に空間の広がりをイメージする言葉として使用される場合が多い。

  • ・また、日本語としての「宙」という単独の漢字はどの辞書でも第一に「そら、大空、宇宙、虚空」といった字義があり、地面から離れた空間を表す語として、古くから「宙」が使われてきた。

  • ・一方で「宇」は大きく覆う意味を持ち、訓読としては「のき」、「いえ」等がある。

  • ・「宙」を「そら」と読ませることは元来当て字に近く、宇宙という熟語を念頭に置いた時、中国語本来の字義から離れているのは指摘のとおりだが、JAXAの研究領域である、航空機の飛ぶ「そら」と宇宙空間の「そら」を、端的にイメージしてもらえるよう、あえて「宙」あるいは「宇宙」に「そら」という読みを使用させてもらっている。

 日本の国語辞書にそのように載っているとは、個人的には辞書編集者に文句を言いたいところではありますが、言葉も意味も時代と共に移り変わると言うことでしょうかね。
 個人的には、「宙」はあまり使わずに、「宇宙」と書いて「そら」と読ませて欲しいと思っています。


 宇宙(そら)とは全くかけ離れますが似たような漢字の読み方の話題として「便覧」があります。
 「国語便覧」などとして使われている言葉ですが、皆さんはどのように読みますか?

 「べんらん」? それとも「びんらん」?

 私の場合は、今でも覚えていますが、高校1年生(大阪府)の現代国語の時間に教諭が「べんらん」と言っておられたので、会社に就職するまでこれ以外の読み方はないと思っていました。ところが、就職して東京に来てみると殆どの同輩、先輩が「びんらん」と呼ぶのを聞いて驚きました。
 広辞苑で「びんらん」を引くと「便覧(べんらん)の誤用」と出てきますよ、と言っても歯牙にも掛けてくれなかったのを覚えています。思いこみというか、教育の怖さがよく分かりました。
 ちょっと調べてみると、「びんらん」と読む人の方が圧倒的に多いようですね。しかも学校でそのように教えているそうです。先生達ももう少し勉強して欲しいものです。
 考えてみれば非常に簡単です。「便利な」一覧表だから「便覧」なのです。覚えやすいでしょう?

 最近もう一つ気になることがあります。漢字の読み方ではなく言葉の使い方です。それは、「全然」の使い方です。「全然大丈夫です。」などと聞くと、このひと日本人かなって思います。
 「全然」は否定文に使うもので、肯定文の場合は、「全く」などを使うのが正しい日本語です。若い人だけではなく年配の人もこのような使い方をしているのを見かけます。
 ところが、最近は広辞苑ですら、通俗的に、「非常に」とか「とても」という意味を認めているようです。嘆かわしや。広辞苑、おまえもか。

(公平の意味も込めて書きますと、必ずしも否定形がくるわけではありません。これをご参照ください。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E7%84%B6 )

 などと言うようになったってことは、私も歳になったのかも知れません。とは言うものの、百年前の人と現代の若者が話をしたら、同じ日本語でもどこまで意味が通じ合えるのかと、ふと考えるとそれだけではすまされないかも知れませんね。未来において、古文の意味を全く違う意味に捉えたりするかも知れません。

 宇宙開発の現場においても(無理矢理こじつけていますが)このような移り変わりは日常茶飯事です。
 これまでのロケットは多数の技術者や作業者が、数ヶ月掛けてロケット・人工衛星を整備して打ち上げてきましたが、来年度に打ち上げられる予定のイプシロンロケット(*)のような最新型ロケットシステム(地上システムを含みます。)は、1週間と少数の技術者で整備と打上ができるようになりました。
 このような変化は大歓迎なんですがね。

 つづく・・・。


(*)http://www.jaxa.jp/projects/rockets/epsilon/index_j.html


(次回は、宇宙開発の現場での技術タームの変化が原因の不適合についてお話ししようと思います。)

元 国語審議会筑波支部長(自称)

虎野吉彦
執筆者
元顧問虎野吉彦