宇宙こぼれ話

虎野 第7回 常識は組織で違う

常識は組織で違う

 自分の常識は他の人においても常識でしょうか?また、技術組織間においても常識は共有しているものなのでしょうか?

 私は、JAXAが現在運用しているHTV(こうのとり)(*1)の2号機までプロジェクトマネージャーを拝命していましたが、その際の面白い(と言うと若干語弊があるかも知れませんが)お話を一つ。

(*1) HTVの詳細
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E8%A3%9C%E7%B5%A6%E6%A9%9F

 HTVの詳細については、上記URLで見て頂くとして、概要は下の絵のとおりで、国際宇宙ステーション(ISS)へ物資を運ぶための国産輸送機です。

国産輸送機
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 HTVは、同じく国産のH-ⅡBロケットで種子島宇宙センターから打ち上げられ、自分の持つ推進系(エンジン)でISSに接近・ランデブーするのですが、その際にPROX(近傍通信システム)と言う通信手段を必要とします。このPROXは、A系とB系の二系統が準備されており、使用中の一系統が故障になった場合、他の一系統へ切り換えて飛行が継続できるようになっています。
 この通信系機器はHTVとISSの双方に設置されており、お互いの相関関係(位置や速度)の情報を交換していますので、当然ISS側もA系とB系の二系統設置されています。

 それは2008年11月のことでした。ISSで船外活動中、工具袋がNASAの宇宙飛行士Pさんの手をするっと離れて宇宙に漂っていきました。
 Pさんは、船外活動においてPROXのアンテナをA系とB系の二つ取り付ける予定でしたが、この関係で工具が1セット少なくなったことにより時間が制約され、A系のアンテナだけしか取り付けられませんでした(B系は次のクルーによる船外活動で取り付けることにした。)。

 一方、日本(HTV)側は、地上とISSのPROX通信確認試験を予定していたため、A系だけでも実施しようと試みました。
 「A系受信完了」
 「了解しました。」
 「B系受信完了」
 「?」
 「B系も受信できている?」

 なぜでしょう。
 なんとA系とB系の通信ケーブルがISSの中で繋がっており、冗長構成になっていなかったのです。つまり、地上からA系で送信してもB系で送信しても(本来A系しか受信できないはずが)両方受信できてしまったのです。
 これが実際の飛行中に起こると大変なことになります。予め解ったのは非常に幸運でした。
 無意識とはいえ、P宇宙飛行士のお手柄です。この工具袋の漂流がなければ、この不具合は見つからなかったのですから。

 では、原因は何だったのでしょうか。
 詳しい話は種々の制約からできませんが、一つ言えるのは、HTV側の技術文化とISS側の技術文化の違いでした。例えば、HTV側が配線の番号にA、B、C等を使用しており、これとインタフェースする部分にISS側が1、2、3等を使用しており、しかも各々側が他の部分に1、2、3やA、B、Cを使用しているとか(これはあくまで例えですから、実際とは異なります。)。

 HTV技術実証機(初号機)は、勿論この不具合を修理した後に、予定通り飛行し成功裏に終了しました(2009年9月11日打上げ、同11月2日ミッション終了)。

 自分たちの常識は他の人達でも常識なのかどうか、十分確認しましょう。



(参考) HTVの飛行プロファイル

HTVの飛行プロファイル
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虎野吉彦
執筆者
元顧問虎野吉彦