宇宙こぼれ話

長尾 第9回 ロケット発射場の話(9)

「ロケット発射場の話(9)」

【4のおまけ】~ロケットの(発射台への)固定方法

 今までの話の中で、移動発射台を地面に「置く」という話がありましたが、発射台とロケットの関係についても少し触れておきましょう。

 (前々回の4.1(続)で述べたように)内之浦のミューロケットの発射方式は「斜め」でした。この場合は傾けたブームに長いレールが付いていて、傾斜した際にはロケット側に付いている引っ掛け金具(ランチングフック、スリッパなどと言う)によって吊り下げられた状態から、ロケットが点火するとこのレールに沿って滑っていって、やがてレールを離れて飛んでいく、という方法であることがお分かりになると思います。(水ロケット、モデルロケットでも使われていますよね。)

 垂直に打ち上げる場合では、(モデルロケットは別として)長いレールを付ける例はまず無くて、発射台に「ピン」を付けておいて、ロケットの底部に「差し込んで」、「置いておく」だけで十分な場合が多い。(ロケットが推力を発生して自分で持ち上がれば、自然に「抜けて、外れる」、ということです。)
 ただし、この場合は打ち上がる前にロケットに横方向の過大な力が働くとピンの部分がもたず最悪(壊れて)「倒れる」ということを心配する必要があり、特に液体燃料ロケットの場合は推進剤を注入するまでは自重が軽いので、同じ風が吹いても条件は厳しくなってきます。

 具体例として、H-Ⅰロケットの時のことでいうと、H-Ⅰロケットは、N-Ⅱロケットの全長を5m程長くして、第2段の推進剤を液体酸素/液体水素にしたため、同じ風に対して発生する力(モーメント力も)が増えた上に、整備塔を退避した時の自重が(第2段に推進剤がまだ充填されてないために)少し軽くなり、条件としては厳しくなりました。このため、整備塔を退避して推進剤を注入するまでの転倒防止対策用に「機体支持装置」というものを整備しました。予めこれにより機体の底部を傾きに対して固定しておいて、推進剤を注入したらその留め金を動かして外す、という構造のものでした。
 (この辺りから脱線していきますが、)ところがこの装置を付けると、また別の「(打上げに対する)制約」が付くことになるというデメリットがありました。即ち、機体に近いところにそのようなものを付けた結果、打上げ瞬間の風によりロケットが横にずれて上昇した場合に接触してしまう、いわゆる「パッドドリフト」に対しての制約条件が増える、というものです。こちらは装着される装置のある特定の方向の風に対してのものなので、それ以外の方向の風に対して、トータルで考えれば有った方が打上げ(リハーサルを含む)機会の確保の観点では有利である、という考え方で整備されました。しかし、試験機(初号機)打上げ後の「運用」段階では、システムをより複雑にしていることや、この装置の定期的な補修整備や点検にかかる手間・コストを考えれば、整備塔退避時の風速制限が(発射時の風速制限より)若干厳しくなっても我慢できる範囲であれば使わなくてもよい、ということになったと記憶しています。(打上げリハーサルを整備塔を退避せずに行えるようにした、ということも関連しています)
 最近の例ではイプシロンロケットにもこのような転倒防止装置は使用されています。(必要性としては「地震時」を挙げています)

  • イプシロンロケット用転倒防止装置[*1]

    イプシロンロケット用転倒防止装置[*1]

 脱線ついでにH-Ⅰロケットの「パッドドリフト」について、次の2枚の写真を見て頂くとよく分かると思いますが、

  •  H-Ⅰロケット(2機目)

    H-Ⅰロケット(2機目)[*2]

  • H-Ⅰロケット(5機目)[*2]

    H-Ⅰロケット(5機目)[*2]

 元々N-Ⅱロケットから使用していた右側の「アンビリカルマスト」の上の方が、この大事な発射時の風速制限にかかっていたので、N-Ⅱロケット退役後に少しでも制約を緩和するために不要部分を切り落とした、というものです。実はこの方向は北西風に係るものであり、冬季特有の季節風がまさにこの方向でいつも強いこともあり、コストをかけて改修する価値は十分ある、と判断されました。
 切り落とし方も、残す必要のあった部分の角のところを斜めに切るという、最も効果のある方法でした。

 さて、元に戻って、ロケットの「固定方法」についてですが、「置いてある」だけで推力によって自然に離れていく、という方式ではなくて、発射台に(積極的に)固定してあって、発射時にその固定を「解除」してやってロケットを上昇させる、という方式もあります。
 有名なところで、サターンロケット(次写真・図)、スペースシャトル打上げ機体、H-Ⅱロケットなどありますが、以下のようなところが設計上のポイントとなってきます。
・ロケットの持ち上がりによって自動的に「外れる」構造とするか、分離ボルトなどによる信号による分離とするか、信頼性含めた検討(場合によっては推力で「引きちぎって」もよい)
・特に複数の液体ロケットエンジンの合計の推力で機体が浮き上がる場合は、(合計の推力が機体重量に達すること以外の)必要な機能を確認してから固定を解除する、という考え方。

  • サターンVロケットの「ホールドダウンアーム」(4箇設置)[*3]

サターンVロケットの「ホールドダウンアーム」(4箇設置)[*3]

 割と知られている例として、ソユーズロケット発射台の独特な「チューリップ」状の構造があります。ロケットを底部で支えるのではなく、1段ブースタの先端位置のところまで4方向からトラスを延ばして挟んで主に支えておいて、推力によって浮き上がる瞬間にこれを開いてやるというものですが、「固定」という点では良く考えられていますね。

  • 4本のサポートトラス(チュルバンという)で支えられたソユーズ型ロケット[*4][*5]

4本のサポートトラス(チュルバンという)で支えられたソユーズ型ロケット[*4][*5]

 スペースシャトル打上げ機体の構造も独特で、両横の固体ブースタが発射台に分離方式のボルトで固定されていて、固体ブースタ間の一番大きい「外部タンク」は固体ブースタに結合されて支持される。外部タンクで特に推力等を主に受けるのはブースタの前方の結合部で、長い水素タンクとその上の酸素タンクを繋ぐ構造体との結合となり、飛行中に大きい加速度や空気力による曲げモーメントが発生する時の水素タンクの強度設計が有利になるなど、高い圧力に耐える頑丈な固体ロケットのモータケースの構造をうまく使った方式です。

  • 固体ブースタ(SRB)により発射台に固定されているスペースシャトル打上げ機体[*6][*7]

固体ブースタ(SRB)により発射台に固定されているスペースシャトル打上げ機体[*6][*7]

 実はH-Ⅱロケット、アリアン5ロケット、インドの最新鋭ロケットGSLV Mk3もこの方式で、移動発射台上にあるロケットの「発射固定台」は固体ブースタ2本のところ(のみ)にあります(ありました)。

  • [左]H-Ⅱロケット移動発射台[*8] 
  • [中]インドのGSLV MK-3[*9]
  • [右]インドのGSLV MK-3(移動発射台上の固体ブースターと装着前の第1段) [*9]

[左]H-Ⅱロケット移動発射台[*8] 
[中]インドのGSLV MK-3[*9]
[右]インドのGSLV MK-3(移動発射台上の固体ブースターと装着前の第1段) [*9]

  • (アリアン5移動発射台[*10][*11]

アリアン5移動発射台[*10][*11]

 また、H-ⅡロケットとH-ⅡA、H-ⅡBロケットの(移動)発射台の方式の差として整理しておきますと,(移動方式、組立棟や射座整備塔のことは別として)
① ロケットと発射台の固定方法(前述)
② 打上げ当日に射点に移動するH-ⅡA,Bロケットで必要となった移動発射台上の「アンビリカルマスト」の有無
③ リフトオフまでのH-ⅡAロケット(上部)の過大な横揺れの防止のための「機体支持装置」(第1段の途中の構造部分を打ち上がるまでアンビリカルマストと繋いであります)の付加があります。

②はVABの扉の構造にも影響していて、H-Ⅱロケットではロケット本体部分(と低い発射台部分)だけの扉でよかった(写真A)が、H-ⅡA,Bロケットではアンビリカルマスト含めた出し入れの扉が必要となったことと2機並行整備できる構造としたことで、巨大な引き戸方式(写真B)が採用されました。

(写真A)H-ⅡロケットVAB前面扉[*12]

(写真A)H-ⅡロケットVAB前面扉[*12]

(写真B)H-ⅡA/BロケットVAB前面扉[*13]

(写真B)H-ⅡA/BロケットVAB前面扉[*13]

 最後に、2018年1月にH3ロケットの詳細設計結果が発表され、射点設備についても出ていますので該当するページを紹介します。[*14]

 説明資料にあるように、移動発射台の発射固定台には「ホールドダウン機能」が付くことになりました。これは、H3ロケットでは第1段主エンジンを2~3機装着し1台あたりの推力も大きくし、固体ブースタは0~4本の組合せとするので必要となってくるものでしょう。また固体ブースタの下の部分が上部デッキより低いところになっていて、「平坦化」になるとともに、流用する整備組立棟(VAB)に対して、ロケットの全長を長く出来る(資料中の63mはH-ⅡAの最長57mより6m長い)効果もあります。
 今後の整備、開発の進展に期待して、本稿を終えたいと思います。

〔写真・イラスト出展元〕
*1)JAXA宇宙科学研究所(小野哲也,田中智編集),『ISASニュース』,NO.384, 2013年3月,p.6
*2)*12)*13)JAXA「JAXAデジタルアーカイブス」<http://jda.jaxa.jp/>(アクセス2018年10月5日)
*3) Charles D. Benson and William Barnaby Faherty,“Moonport: A History of Apollo Launch Facilities and Operations”,NASA SP-4204,<https://www.hq.nasa.gov/pao/History/SP-4204/ch13-4.html>(アクセス2018年10月5日)
*4)wikiwand “Soyuz (rocket family) ”<http://www.wikiwand.com/en/Soyuz_(rocket_family)>(アクセス2018年10月5日)
*5)宇宙開発史んぶん<https://blogs.yahoo.co.jp/uchyuu_kaihatsu_shi/47553856.html>(アクセス2018年10月5日)
*6)Image of Space Shuttle<http://1st.geocities.jp/eden_g1/space_shuttle/space_shuttle_05.htm>(アクセス2018年10月5日)
*7)Stanley Starr ,“Spaceport Technology Development at the Kennedy Space Center”,p.20『Mobile Launcher Layout』<https://slideplayer.com/slide/13304085/>(アクセス2018年10月5日)
*8)宇宙開発事業団『H-IIロケット1号機の打上げ(プレスキット)』,1994年2月,p.55
*9)ISRO<https://www.isro.gov.in/gslv-mk-iii-d1-gsat-19-mission/gslv-mk-iii-d1-gsat-19-mission-gallery>(アクセス2018年10月5日)
*10)Arianespace<http://www.arianespace.com/gallery/>(アクセス2018年10月5日)
*11)esa<https://www.esa.int/spaceinimages/Images/2011/06/
Lower_composite_EAP_and_EPC_with_Vulcain_2
>(アクセス2018年10月5日)
*14)JAXA(布野泰広、岡田匡史)「H3ロケット詳細設計結果について」<http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/059/shiryo/
__icsFiles/afieldfile/2018/02/06/1400870_2.pdf
>,p4.9,(アクセス2018年10月5日)

長尾隆治
執筆者
取締役 技師長長尾隆治