宇宙こぼれ話

虎野 第20回 ガスのコスト削減のための実験と解析

- 大型計算機とプログラマブル電卓 -

タイトルとサブタイトルが異なるのは、どちらがタイトルにふさわしいか迷ったからです。読んでいただいて、どちらがふさわしいかご意見をいただければと思います。

 今からおよそ40年前、日本の大手電機メーカーの大型計算機(レンタル費年間約2億円。当時は、ロケットの飛行安全プログラムや、気象解析プログラムの複雑且つ膨大なデータ計算のために導入していました。)での計算結果とHP(ヒューレットパッカード社、当時はYHPと言って横河ヒューレットパッカード社でした。)のプログラマブル電卓(簡単なプログラムが組める電卓で約10万円。)での計算結果を比べました。結論から言うとほとんど同じでした。
 もちろん計算させた内容によってそうなるかどうかが決まるのですが、その内容とはどんなものかを書いてみます。今回はちょっと真面目な話ですので、面白くないかもしれませんが、ご容赦願います(いつもの話が不真面目というわけではありませんので、念のため。)。 

 時はN-II(エヌ2)ロケット(初号機は1981年の打上げ)の時代です。主にコストの面から打上に使用するガスの量を減らそうと数学モデルを構築し計算機で解析し、その結果を実験で確認した話です。 

 N-Ⅱ型ロケットSSPS(Second Stage Propellant System:第2段推進系)のガスジェット(*1)に使用される窒素ガス(GN2:N2は窒素の分子記号、GはGasのG)及び推進薬タンクを加圧するためのヘリウムガス(GHe:理由はGN2と同じ)は、30MPa(約300気圧)以上の圧力でロケットの気蓄器(ガスを蓄えるタンク)に充填されます。
 ここで、常温のガスを充填すると断熱圧縮(*2)により気蓄器の温度がすぐに規定値を超えるためそのガスを液体窒素(約-196℃)に浸けた熱交換器を通過させることにより極低温(液体窒素温度近く)にして充填するシステムを採用しています。(図-1を参照してください。)  


図-1 GHe充填系統図

(*1)Gas Jet:ロケット機体を横や縦に振ったり回転を与えたりするための装置で、その力は(SSPSの場合)GN2をノズルから噴出させることで得るための装置。
(*2)断熱圧縮:外部に熱が逃げないように断熱して気体を圧縮すると、その気体自体の温度が上昇する現象のこと。断熱変化のひとつで、圧縮するときにした仕事が圧力エネルギーと熱エネルギーに変換され、熱エネルギー分の温度が上昇する。 

 充填開始初期には冷やされたガスの温度が、移送配管を通過中に移送配管からの入熱により再び上昇し常温近くになります。そのまま気蓄器に充填すれば断熱圧縮され機体の気蓄器温度は規定以上に上昇します。そこで気蓄器充填前に、移送配管末端でのガス温度が低温(-105~-150℃)になるまでガスを(遠隔操作弁②から)放出して移送配管を冷却しています。
 そんなことをしなくても、移送配管を断熱処理すればいいのではないかとのご意見もお持ちだと思いますが、それではコストがかかります。また、断熱材を冷却するのに時間が掛かったり(時間が掛かるということは無駄に消費されるガス量が多くなるということです。)、断熱された配管の途中で漏洩があった場合その場所を特定するのに時間が掛かることになってしまうので、移送配管は自然にできる霜で断熱効果を得ることにしました。  

 ガス冷却システムは図-1の通りですが、実験用にこのシステムを実際に作りました。GHeの地上タンクの代わりにガスボンベの集合体(カードルと言います。)、配管は使用可能な工事廃材、熱交換器のケースは使用済みのドラム缶で熱交換部分は廃材の配管、機体側のタンクは無く大気放出としました(配管冷却のシステム確認なのでタンクは不要としました。)。配管の各所、熱交換器の出入口および大気放出直前の箇所に温度計を設置し単位時間ごとに計測し、大気開放位置でのガス温度も計測しました。もちろん要所・要所の圧力も解析には必要なので計測しました。 

 次に理論式(数学モデル)を考えました。その詳細は、添付資料の2ページ目をご覧ください。理系ではない方には難しいかもしれませんので読み飛ばしてもらって結構です。 

 その理論式をプログラム化して計算させました。大型計算機はFORTRAN(プログラム言語の一種)、プログラマブル電卓はそれ専用のステップ式プログラムを使いました。
 その結果は、冒頭に書きましたように、有効桁範囲内での相違はありませんでした。もっとも計算時間は、前者は数分、後者は数時間でした(笑)。でも、投資額との比較では電卓に軍配が上がるでしょう。  

 結論は、添付資料のむすびにあるように、実験と解析はよい一致を見ました。 

 もう一つ余談をすると、RJ-I(RJワン)という1段ロケット用のケロシン系燃料を(打上げの数日前にロケットへ)充填する際に、いろんな条件に基づき充填量を決めていましたが、それを3名の技術者の手計算(もちろん電卓は使用)でしていました。全員の計算が同じ結果となって初めて充填量が決まります。手計算ですので、時間もかかるし、計算途中でミスも出ます。そこで、私は前述のプログラマブル電卓を使うように提案しました。
 最初は手計算結果が正でプログラマブル電卓の結果は参考値とされました。何号機かを経験し参考値ではなく計算結果の一つとして市民権(?)を得たのです。
 その結果、人件費の削減につながりました。当時の技術者の経費は約10万円/日だったので、プログラマブル電卓が1台購入できることになります。  

 まだまだプログラマブル電卓の市民権が確立していない昔の話です。 

添付資料

  
  

(1)

  

(2)

  
  

(3)

取締役 虎野吉彦
(2022年3月)

虎野吉彦
執筆者
元顧問虎野吉彦