宇宙こぼれ話

虎野 第17回 アルテミスとH2Aロケット

 皆さんはアルテミスと聞いて何を思い起こしますか。
 普通はギリシア神話に登場する狩猟・貞潔の女神でしょう。
 最近では、日本も参加する予定の米国が提唱している月の周回軌道投入される宇宙ステーションで火星旅行のベース基地になるプロジェクトでしょうか。

 私が個人的に思い出すのは、当時日本が開発中のH2Aロケットの試験機1号機(初号機)に搭載される予定であった欧州宇宙機関(ESA)のデータ通信衛星のアルテミス(ARTEMIS:Advanced Relay and Technology Mission)です。


出典:欧州宇宙機関(ESA)

 ARTEMISは、2001年7月12日にアリアン5ロケットにより打ち上げられました。もともとはH2A試験機1号機で打ち上げる予定でしたが、開発が遅れたため(*)アリアンロケットでの打上げに変更されました。

(*)H-IIAロケットは1996年に開発が開始され、当初、試験機の打上げは2000年初頭に予定されていました。しかし、H-IIロケットの5号機(1998年2月打上げ)と8号機(1999年11月打上げ)が失敗したことから、原因究明と対策の結果を充分に反映するために打上げを1年延期、さらに開発中のロケット第1段のLE-7Aエンジンにトラブルが相次いだことから、さらに半年延期されて、2001年の夏の打上げになりました。

 日本側というかJAXAは、「これまでの日本のロケットは一度も初号機は失敗していないので、遅れはするが是非このままH2Aロケットに乗るべきだと主張したのですが、ARTEMISはアリアン5ロケットに行きました。勿論、アリアンロケットはフランスが主体で(アリアンスペース社が)開発していたロケットなので致し方ないのですが、ヨーロッパのこれまでのロケットは必ずと言っていいほど、安定するまでに時間(打ち上げ機数)が掛かっていました。ARTEMISの載ったアリアン5(10号機)もその轍を踏んだのです。

 計画では、打ち上げロケットにより遠地点が3万6000kmの静止トランスファ軌道に運ばれた後、衛星本体のエンジンを用いて静止軌道に移動する予定だったのですが、アリアン5ロケットの3段の故障により予定の高度の半分以下である1万7487kmまでしか到達できませんでした。

(静止トランスファ軌道)
https://ja.wikipedia.org/wiki/静止トランスファ軌道

 その後、チームによる懸命な復旧作業が行われました。まず衛星に搭載されていた近地点引き上げ用のアポジエンジンを使用して遠地点高度を31,000kmに引き上げました。そのままでは近地点を上昇させるための燃料が足りなくなるため、軌道調整用に搭載していたイオンエンジン2基を使用して、1日に15kmのペースでゆっくりと予定の軌道に近づいていくという方法が採用されました。2002年2月からこのイオンエンジンの噴射を開始し、2003年1月31日に予定の静止軌道に到達しました。イオンエンジンの搭載位置の問題から噴射時は姿勢を90度変更する必要があり、搭載されているソフトウェアプログラムの約20%を書き換えるという大作業が行われました。

(アポジエンジン)
https://ja.wikipedia.org/wiki/アポジキックモーター

 このトラブルにより使用可能な推進剤が不足し、衛星の寿命は短くなると推測されていましたが、イオンエンジンを使ったことで推進剤の消費を抑えることができ、2011年7月には当初予定していたミッション寿命の10年間を達成しました(参考情報ですが、人工衛星の寿命は搭載された燃料・酸化剤の量と太陽電池の寿命で決まるのがほとんどです。)。

 日本のH2Aに載っていればここまでの苦労はしなくてよかったのですがね。
 勿論、ARTEMISが載る予定であったH2Aの初号機(試験機1号機)の打ち上げは成功しました。

取締役 虎野吉彦
(2021年12月)

虎野吉彦
執筆者
元顧問虎野吉彦