宇宙こぼれ話

虎野 第26回 データは多い方が良いか

データは多い方が良いか(GPS(*1)データの利用)

 一般的にはデータ数が多いほど精度よく位置などが決定できます。本当にそうでしょうか。問題はそのデータがどのようなデータかです。

 HTV(宇宙ステーション補給機「こうのとり」:宇宙ステーション補給機(HTV) – 宇宙ステーション・きぼう広報・情報センター – JAXA)初号機(技術実証機)の時のお話です。
 HTVは色々な通信手段を持っており、宇宙における自分の位置を検知するための手段もいくつかありました。

 (*1)GPS(グローバル・ポジショニング・システム – Wikipedia)  

 そのHTVの通信手段についてまず説明しましょう。
 HTVがロケットから分離されてISSへ接近するまでは、おおよそ三つのフェーズに分割されます。

(1) ランデブーフェーズ
ロケットから分離されてISS(International Space Station:国際宇宙ステーション: 国際宇宙ステーション – Wikipedia)近傍に到着するまで
(図-1参照)

(2) ISS近傍運用・RGPS(*2)フェーズ
ISS近傍からISS直下まで
(図-1、図-2参照)  
(*2)RGPS:相対(Relative)GPS

(3)Rバー接近(*3)フェーズ
ISSの直下から接近し、ロボットアームによる把持まで
(図-2、図-3参照)  
(*3)Rバー接近:半径(Radius)方向(地球方向)から直線的に接近


図‐1 打上げから再突入まで

・近傍通信システム(PROX:Proximity Communication System)を用いISSと通信を開始し、 PROXのGPSデータを用いた相対GPS(RGPS)航法を実施する
・GPS相対航法値をもとに目標とする増速度量を算出し、軌道変換マヌーバ(maneuver:航空機等の機動、動き方のこと)を実施する


図-2 ISSへの最終接近(RGPS航法及びランデブーセンサ航法)


図-3 ロボットアームでHTVを把持する直前 ((C)JAXA)

 HTVとISS双方が複数のGPSデータを受信して現在位置を把握しているのですが、RGPS航法とは、各々GPSから得たデータから計算したお互いの現在位置を比較しながら(HTVがISSへ)近づいていく航法です。

  HTVのGPSアンテナは背中(宇宙空間側)についていて、アンテナからは地球どころか、大気の縁すら見えませんが、ISS側のアンテナは地球側に付いているため、地球の大気を通過したGPSデータ(電波)も捕捉することもあります。

  低エレベーション(エレベーション:見かけの方向、角度のこと。この場合、地球の表面に近い方向のこと。)にあるGPSの電波は地球の電離層を通過しておりこの電離層通過に伴う遅延による誤差を含んだ値がISSのアンテナに入力されます。
 一方、HTVのアンテナには(地球方向を向いていないため)誤差を含まないGPSの電波が入力されます。
  HTV初号機で起こったのはこの理由で、HTV、ISS双方の計算結果が合わなかったという事象です。そのため、次の接近フェーズに進むためのトラブルシュートが必要になったということです。
  トラブルシュートの結果は説明した通りで、地球の(電離層を含む)大気を通過したGPSの電波を排除して、通過しなかったGPSの電波のみを使用することにしました。
 なお、マニアックな方のために補足しますと、複数のGPSデータは衛星の位置によりISSやHTVに届く時間が相違しますが、それは計算に含めています。

  元々は、GPSのデータ数(すなわち使用するGPSの数)が多いほど精度が高くなると思っていた(原理的にはその通り)のですが、これが逆に(ISS側の)位置計算精度を下げてしまったわけです。

  教訓は、データ数が多いほど精度が良くなるとは限らないということです。慎重に考慮すべきですね。

顧問 虎野吉彦
(2023年6月)

〔写真・イラスト出典〕
図‐1  https://iss.jaxa.jp/htv/news/images/htv_operations.png
図‐2  https://www.jaxa.jp/countdown/h2bf1/schedule/08_j.html

虎野吉彦
執筆者
元顧問虎野吉彦