宇宙こぼれ話

虎野 第22回 H2Aロケット射場の設計

 このお話も第19回の中国の話ほどではないですがちょっと古いものになります。現在の種子島宇宙センターにあるH2Aロケット(H-IIA|ロケット|JAXA 宇宙輸送技術部門)の打上げ射場(以下、単に「射場(しゃじょう)」と言います。)の設計のお話です。(本「宇宙こぼれ話」の取締役技師長 長尾隆治氏の「ロケット発射場の話」を参照してください。)
 今の射場は、ロケット組立棟(VAB:Vehicle Assembly Building)でロケット各段を組み立て、衛星フェアリング組立棟(SFA:Spacecraft and Fairing Assembly Building)で人工衛星(以下、単に「衛星」と言います。)とフェアリングを組み立てVABまで移動し、ロケット最上部に搭載・結合し、全体を移動発射台(ML:Mobile Launcher)で射点(発射地点のこと、LP:Launch Pad)まで運び、燃料、酸化剤、高圧ガスを充填し発射させるという形態をとっています(三菱重工 | 大宙(おおぞら)へ運ぶたしかな未来 (mhi.com) このサイトの二つ目の動画をご覧ください。)

 H2Aロケット及びその射場の設計を開始した1990年代は、世界の衛星打上げの半分以上を引き受けていたのは欧州のアリアンスペース社(アリアンスペース – Wikipedia)のARIANEロケットでした。

 H2A射場に現在の方式を採用した理由ですが、当時アリアンスペース社の世界シェアーは今後も続くと思われ、アリアンスペース社のロケット及びその射場に合わせて開発される世界の衛星を日本としても打ち上げざるを得ない状況だったからです。つまり、世界のほとんどの衛星がその取り扱いをギアナ宇宙センター(ギアナ宇宙センター – Wikipedia)の(ARIANEロケットの)射場で行えるように開発する(している)ということは、日本の射場も(必要な部分は)ギアナ宇宙センターの射場と同じインタフェースを持つものを作らざるを得ません。お客さん(衛星)あってのロケット・設備だからです。もちろんコスト的に日本のロケットが対抗できれば、の話ですが。
 種子島宇宙センターが実際どのような射場なのかは、JAXAのホームページ(centers_map02.pdf (jaxa.jp))及び先ほどの動画などでご覧いただくとして、どのようなことを設計に加味したかをご披露します。

 その前に余談として、なぜ私がH2Aロケットの射場を設計することになったのかをお話しします。
 私が30代後半の(ちょうど昭和の終わり頃から平成の始まりの)頃(歳がばれてしまいましたね)、JAXAから宇宙通信株式会社(通信衛星を打ち上げその通信回線をレンタルする企業)へ出向していた時、衛星(名称は、「SUPERBIRD」)の製作は米国のフォード社(現在は、スペースシステムズ・ロラール社:スペースシステムズ/ロラール – Wikipedia)へ、衛星の打上げは欧州のアリアンスペース社(当時のロケットはARIANE‐4)へ発注しており、私の属していた部は、衛星の製造・試験の監督と、ギアナ宇宙センターでの打上げ整備作業の監督が主な担当でした。職員の少なさもあり、ロケット系出身の私も衛星の工場作業の監督もやりました。
 衛星の工場は米国カリフォルニア州のパロアルト市(サンフランシスコ市の南)、打上げ整備作業は南米の仏領ギアナ(French Guiana、「失われた世界」:失われた世界 – Wikipediaの題材となったギアナ共和国(Guyana:当時はイギリス領ギアナ)とは違います。)でした。パロアルト市にはのべ半年以上、仏領ギアナにはのべ3ケ月程度出張しました。
 そこで目撃したのは、衛星を組み立てているクリーンルーム(清浄度ISO Class 7:Class_separation.pdf (nitta-monitoring.com))に入るにはエアーロック(エアロック – Wikipedia)を通るのが常識(と言うか、必須)だったのに、その横に設置されている緊急脱出用の普通の扉で出入りしていたことです。アメリカ人のいい加減さがよくわかる行動でした。
 私がフォードの担当に質問したら、「it’s normal」。製造責任はフォードにあるのだからそれ以上の追及はしませんでした。
 フォードについては射場でもいろいろ面白い話があるのですが、それはまた次の機会に。

 さて本題に戻ります。
 当時、アリアンスペース社は、まだ完成していないARIANE‐5ロケットのユーザーズマニュアルを全世界に展開していました。事前宣伝して顧客を集めるためです。
 世界のユーザー(衛星運用者)は、寡占状態にあったアリアンスペース社のマニュアルに沿ったインタフェースを持つ衛星を設計・製造するはずです。つまり、日本もこのインタフェースに対応するロケットと設備にせざるを得ません。

 以上のような状況から、現在のH2Aロケットの射場になったのですが、そこをもう少し詳しく説明します。

1.N-I~H-Iまでの射点形態(MST方式)
 JAXAの大型ロケットの初め(N-Iロケット)から初の液体水素を燃料としたH-Iロケットまでは、いわゆるMST方式でした。
 MST(Mobile Service Tower:移動整備塔)とは、その建物の中でロケットの組立、衛星/フェアリングの搭載を完了した後、ロケット機体はそのままの場所においておき、MSTのみを後方に移動させ、推進薬の充填、機能試験等の後、エンジンをスタートさせ打ち上げる方式です。

2.H-IIの射点形態(PST方式)
 H-IIロケットは、VAB(Vehicle Assembly Building:整備組立棟、現在のVABではありません。)の中にあるML(Mobile Launcher:移動発射台)上にロケット各段を組み立て、これを射点にあるPST(Pad Service Tower:射座整備塔)まで移動しロケットの点検を行い、その後衛星/フェアリングを搭載します。そして、打上げ当日に推進薬の充填や最終点検を行い打上げる方式です。打上げ時には、PSTはいわゆる観音開き状態になっておりその中心にロケットがあります。
PST方式イメージ

3.H2A・H2Bの射点形態(VAB/ML方式)
 H2A・H2Bロケットになると、それまでの方式では年間多数(年6機以上)機の打上げはできないので、新VAB(旧VABを大幅に増築)で新ML(PST方式のMLとは違いそれまでは地上に置かれた多くの機能がML内に具備されたMLです。)上にロケット各段を組み立て点検後に衛星/フェアリングを搭載し、LP(Launch Pad:射点)まで移動し、推進薬の充填、最終点検した後に打上げる方式です。
 この方式は、多数機打上のため、新VABではロケットを同時に2機の組立・整備ができ、LPも二つ用意しました(もともとH2ロケットで使用していたLP1はH2Aのみ、新しく増設したLP2はH2AとH2Bの両方のロケット用です。)。

 上記1と2の場合は、衛星とフェアリングは、別々に(最初に衛星、その後フェアリングを)ロケットの最上段に結合します。
 上記3の場合は、衛星とフェアリングはSFA(Spacecraft and Fairing Assembly Building:衛星フェアリング組立棟)で組み立てられ一体になった後にVABまで運ばれて来てロケットに搭載されます。

 ARIANE‐5ロケットはまさしくこの3の方式だったのです。
 よって、H2Aロケットの射場は今のコンフィギュレーションになったのですが、そのおかげで、これまで日本が経験したことのない年間打ち上げ回数(1年間に6機)を経験しました。
 又、現在開発中のH3ロケット(H2Aの後継機)とH2Aの併用を考えれば、VAB/ML方式は、両方の機体が同時に運用できるため、VABや射点が競合しなくて済むことになります。

顧問 虎野吉彦
(2022年8月)

虎野吉彦
執筆者
元顧問虎野吉彦