宇宙こぼれ話

虎野 第11回 カウントダウンとエンジンスタート

カウントダウンとエンジンスタート

 先日、残念ながら放映はされることはありませんでしたがとあるテレビ番組の取材を受けました。
 ロケットの打ち上げにおけるカウントダウンのことが取材目的でした。
 カウントアップ(1から数字を加える数え方)とカウントダウン(ある数字から一つずつ数字を減じる数え方)では言い方(発音)が変わる数字があるということでした。例えば、1と10の間では、

10
いち、 にー、 さん、 しー ご、 ろく、 しち はち、 きゅう、 じゅう。
10
じゅう、 きゅう、 はち、 なな ろく、 ごー、 よん さん、 にー、 いち。

 今まで気にしたことはありませんでしたが、言われてみると確かにそうですね。(人によっては若干違うこともあります。)

 現在のロケットは、コンピューターによりカウントダウンされていますが、昔のロケット打上げ時のカウントダウンは、タイマー(Timer)という役目の人が行いました。
 カウントダウン作業では、あらかじめ打上げ前の何分何秒に何をすると決められており、打上げ隊員は、そのタイマーのカウントダウンに合わせ、決められた時間になると操作ボタンを押したり、データを取得・記録したりと様々な作業を行いました。
 そして、最後に行われる作業がロケットのメインエンジンのスタートボタン(エンジン点火ボタン)を押すことです。

 ところで、ロケットのメインエンジンのスタート(エンジン点火)はまさに打ち上がる(リフトオフする)約数秒前だということをご存じでしょうか?

 私がLCDR(Launch Control DiRector:発射指揮者(*))としてロケットのメインエンジンのスタートボタンを押していた頃(1975年~1983年、N-Iロケット、N-IIロケット)から、現在運用中のH-ⅡAロケット、H-ⅡBロケットに至るまで、第1段ロケットのメインエンジンのスタート指令(信号)は打上げ時刻(X時刻という)の約数秒前(N-Iロケット、N-IIロケット、H-Iロケットは約2秒前、H-IIロケットは約6秒前、H2Aロケット、H2Bロケットは約5秒前)に発射指揮卓からロケットに送出されるということに変わりはありません。

 (*)LCDRは単にロケットのメインエンジンスタートボタンを押すのではなく、打上げ作業におけるあらゆる作業指示も行い進捗状況を監理することも重要な仕事です。

 ロケットがその信号を受け取ってから、様々なシーケンス(動作)がメインエンジンの中で行われ、エンジンの推力(推進力)が最大になるのに(H-Iロケットまでの場合は)約2秒かかるのです(推力がほぼ最大になって初めてロケットは地上からリフトオフ(浮上)するのです。)。
 もっとも、メインエンジンだけではロケットを持ちあげられない(メインエンジンの推力はせいぜい100トン、一方ロケットはH2Aで約300トンある)ので、固体ロケットも同時に点火します。ただ、この固体ロケットの点火信号はメインエンジンの推力がある値以上(ほぼ最大推力)になった時点にロケット自身から送出されます。
 メインエンジンと固体ロケットの両方の推力の合計がロケットの質量(重量)を上回ることによってリフトオフするのです。

 昔のN-IロケットとN-IIロケットといった“液体ロケット”は、LCDRがエンジンスタートボタンをX時刻の2秒前(X-2という)に押していたのですが、それ以降の液体ロケット(H-Iロケット、H-IIロケット、H-IIAロケット、H-IIBロケット)は、自動シーケンスに変わったためコンピュータからエンジンスタート信号が自動的に送出されています。(LCDRはコンピュータの自動シーケンス開始の指令ボタンを押しています。)そういう意味では、ドキドキ感が昔よりは少ないかもしれませんね。

 タイマーのカウントダウンの声(現在のカウントダウンはコンピュータが行っています)を聞きながらエンジンスタートボタンを押すのですから、コンマ数秒程度の遅れはよくあることでした。例えば、打上げ後の発表は「X時Y分Z秒に打ち上がりました」ですが実際は「X時Y分Z.A秒」だったのです。
 もっともこの程度の遅れ(0.A秒)は、その後のロケットの様々なイベントの中でかき消されるため全く問題ではないのですが。

 ところで、コンマ数秒の遅れはともかく、もっとたくさんの遅れや逆に打上げが早まるというのはあったのでしょうか?

 昔のロケットはあったのです。正確にはリハーサル(打上げはしないが、打上げと同じ手順を確認する作業。エンジンの発射ボタンの指令はロケットエンジンには送信しないよう不作動状態にしておいて実施する訓練)でありました。
 第1段ロケットの燃料はRJ-Iと言うケロシン(灯油)系の燃料で、打上げの数日前に充填されており、打ち上げ当日は酸化剤であるLOX(液体酸素)を充填します。
 95%程度のLOXは打上げ数時間前から充填し、その密度を下げるためロケットタンクのベントホール(投気口)から蒸発させた状態にしておき待機します。打上げ約1分~1分半前からこのベントホールを閉じてLOXを100%まで充填します。
 LOXが100%(すなわちこれ以上タンクに入らない)状態でエンジンをスタートさせるのが理想なので、この100%のタイミングが当初予定の時間より早まったり遅れたりする可能性はあったのです。
 つまり、予定時間より早まったり(これをアドバンスト言います。)、遅れたり(これをリサイクルと言います。)することはあり得たのです。もちろんこれに従って、エンジンのスタートボタンを押す時間も変更になるので、なかなかの緊張状態でした。
 実際には、このような状況はリハーサルでしか起こらず、本番の打上げではなかった(もう40年近くも前の話ですから。)と思います。
 リハーサルで起これば、LOXの充填開始時間を微調整して本番では起こらないように気をつけたからです。
 なお、その許容時間の幅は±10秒までとされており、これを外れた場合は、約10分前の状態に戻り、もう一度カウントダウンのやり直しとすると決まっていました。

虎野吉彦
執筆者
元顧問虎野吉彦